1913年(大正2)のユタ裁判 その3

前島清三郎

1913年(大正2)2月27日の那覇区裁判所で行われた第一回の公判の続きです。

長野判事 被告が警察で自白したことによれば、東町の大火後、具志堅マウシ宅に行き、西、東町の人たちが上波之上、下波之上、及び天尊小堀に祈祷するという話があり、また泉崎の小娘が、人々に神の宣託を授けているということだが、自分の所にもこの間観音様が現れ、世界の宝は何と何かと質問されたので、自分は知らないと答えたら、神様は、世界の宝は火と水じゃ、世間の無知な者たちは、天に神があることは知っているが、知の神を知らない。地の神は、天の神より一層大切に拝むべきもので、人間の家も草木も、一切の作物も、すべて地の恵みで生まれているのである。然るに世人はそれを知らずに、今まで地の神をおろそかにしてきたのは不都合である。何時大難が起こるか知らないぞ、との御告げがあったというが、本当ですか?

仲地被告 その時は夢、まぼろしの状態にあったので、覚えていません。

長野判事 警察は被告の言わないことを知るはずがないし、被告の言う、陰気、陽気七獄、又は島尻伊敷の轟、その他、世間の知らないことまで知るはずがないのに、被告は、警察にそんなことは知らないという、おかしいとは思いませんか?

被告はこの時、大きな声でそんなことは知りません、と後を振り向き、付添いの従姉を見てワッと泣き出した。従姉はキッと目を光らし、意気地なし、泣くな泣くなと励ました。

長野判事 城間ゴゼイの警察での申し立てによれば、17日、ゴゼイが西町の仲本屋敷の前を通った時、被告が大声をあげ、神様が祟って西町に大火が起り、西町全部及び辻遊郭まで大火になると叫んだのを聞いたと言うが、本当ですか?

仲地被告 覚えがありません。

長野判事 警察の素行調べによれば、被告は平素の行状甚だ悪く、これまで二、三度他家に嫁いだけれども、性質悪く、借金をこしらえ、贅沢をしたため、すべて離縁され、それ以来、ユタをして愚民をだまして生活しているというが、どうですか?

被告カマドは、又泣き出しながら、決して自分はユタ生まれでなく、ユタして食っているというのはアア悔しい、と身を震わせてみんなに訴えるように叫んだ。

長野判事 ユタをして金品を受け取ったことはないかもしれないが、人を惑わし自分の利益を計ったことはありませんか?

仲地被告 そんなことはありません。自分のために祈祷はしても、他人に頼まれてしたことはありません。

長野判事 具志堅マウシ、城間ゴゼイ両人の申し立ては全然ウソとも思われず、被告がユタをしたことは間違いないと思われるが、どうですか?

仲地被告 ユタをしたことは決してありません。

ここで判事は、他に申し立て、述べることはありませんか、と問い、弁護人の弁論に移った。

前島清三郎*のような人物が、忌まわしきユタの弁護を引き受けたのは、意外に思われており、前島氏の弁論が注目され、ユタ以上の人気で法廷はざわついた。判事に注意され傍聴人は水を打ったように静まった。ところが前島氏の弁論は簡単だった。

前島清三郎 1861年(文久元)、 駿州安倍郡千代田村出身。現代の静岡市葵区南東部。1887年(明治20)7月に判事登用試験に合格して仙台始審裁判所石巻支庁詰に登用。その後は順調に出世するも、1892年(明治25)に那覇地方裁判所が開設されたのを機に来沖。那覇地方裁判所判事、兼那覇区裁判所判事に任命され、1895年(明治28)に退職。その後は弁護士として活躍します。 

前島弁護士の評判は明治弁護士列伝(1898年(明治31)刊行)に「君久しく司直の庁に在りて得たる沖縄県諸般の旧慣例に関する法律智能に加ふるに、親切なる天資を以てす、裁判所員の信用厚く、県下全般人望の高き固より其の故なきに非らざるなり。君、天資質勇壮剛毅にして朴質清廉なり、胸に義氣を帯びて氣は天を衝く、殊に克く職に忠にして民に愛あり、以て沖縄県民の慕●を禀く、又宜なるかな」との記述があります。 

前島弁護人 ただいまの被告の弁解は一々信用できないが、私は証人として具志堅マウシ、城間ゴゼイ両人の出廷を求めます。警察の取り調べによれば、いかにも被告が他人をたぶらかしたようなことを言っているが、もともと警察は往々感情で事に当り、被告を憎むことが多い。殊に警察署の即決に不服を唱えた犯罪者には警察に都合のよいことを書き立てることは容易に理解できる。被告が初めて私宅に依頼に来た時も、神事を述べたことはなく、又自家に観音を安置していることも言わず、観音を安置しているのは具志堅マウシ宅でありますということは、観音を祭っている具志堅マウシを取調べなければ、確実な事実は判明しません。被告は時々具志堅宅で観音を拝んだまでです。

と、証人の召喚を請求して着席した。

中原検事は被告に一、二の訊問をし、神事のことは冗談で話しましたとの言質をとり、いまさら証人を呼び出し聞く必要なしと述べた。

判事は具志堅マウシ、城間ゴゼイの二人を証人に喚問すると宣言、11時半に閉廷した。(続く)