今回から数回にわたって「勝連」の名称についてブログ主なりに考察します。というのも「おもろさうし」に登場する「かつれん」は二つの意味を含んでいることに気が付いて、強い興味を抱いたからです。
大まかに説明すると、おもろさうし巻16の題字「勝連具志川のおもろ御さうし」の勝連は地名の意味で使われていますが、オモロにおける「かつれん」は明らかに勝連城跡を中心とした極めて限定的な範囲、つまり「聖地」の意味で使用されています。一例として巻16の7「声科が節」を挙げますが、このオモロを唱えた人物は勝連城を聖なる地として讃えていることがわかります。
(一六ノ七) 声科が節
一 勝連は、てだ、向かって、門(ぢやう)、開けて、真玉、黄金、寄り合ふ玉の御内。
又 肝高の月、向かって、(一節二行目から折返)
又 勝連は、兆も今も、按司、選ぶ。(一節三行目から折返)
【解釈】①② 心すぐれた勝連城は、太陽や月に向って、城門を開いて、美しい玉や黄金が集まっている城内だ。③ 勝連は昔も今でも、よい城主をえらんでいる。……
それはつまり「おもろさうし」が編纂された17世紀前半には「勝連」という地名が確立していたことを意味しますが、16世紀以前は地名よりも聖地としての「かつれん」のほうが知られていた傍証なのかもしれません。
そうなると「勝連/かつれん」の語源が気になるところですが、我が沖縄の地名や歴史的仮名遣いには当て字が多く、それ故に語源を推定することすら困難なケースが多いのです。例えば前の記事で取り上げたりうきうの祖神「あまみきょ」を例にあげると、これは〔?amamicuu:ア゛マミチュ~〕と読ませるためのひらがな表記ですが、17世紀になって意識高い人たちが阿摩美久(あまみく)なんて漢字を当てたものだから、本来の「海のむこうからやってきた(稲をもたらした)人」の意味が忘れられて、女神なんて誤解されるケースが発生したのです。
そこで勝連に関しては、首里方言の発音である〔kaQciN:カッチン〕からブログ主なりに語源を推定していきます。なお、沖繩語辞典に掲載されている首里方言は19世紀に使用された用例なので、16世紀以前に同じ発音で利用されていたかは疑問ですが、今回はその点は無視して論を進めます。
参考までに〔kaQ〕〔kaQci〕あるいは〔kaci〕から始まる首里方言で〔kaQciN:カッチン〕の発音に近いものを挙げてみると
勝ち〔kaci:カチ〕
勝つ〔ka=cuN:カチュン〕
優れている〔kaQcooN:カッチョーン〕
掴む〔kaçimi=jun:カツィミユン〕
掴む・ひっつかむ〔kaQçika=nuN:カッツィカ・ヌン〕
あたりになります。
ちなみに「かつれん」の語源を「勝つ、優る」と仮定すると、「〇〇に勝る地」の意味となり、「掴む・ひっつかまえる」を語源とした場合、「〇〇をとらえる場所」の意味になります。そうすると〇〇が気になるところですが、古代社会の常識に照らして推測すると、それは間違いなく「神の恵み」になります。
すなわち「かつれん」は古りうきうの住民たちにとって神の恵みを実感できる場所だったと考えられますが、では「神の恵み」とは一体何を指しているのでしょうか(続く)。