とあるFacebookの投稿に対して思ったこと おまけ

とある Facebook シリーズの投稿に対して思ったことシリーズは前回で終了予定でしたが、本日書き忘れたことがあった件に気が付いたため、恥を忍んでおまけ記事を連載します。

このシリーズの記事を書くにあたって、琉球民族独立総合研究学会(ACSILs)の公式ホームページや、SNS投稿者である親川さんのツイッター等をチラ見しました。学会は発足して数年程度ですので、現時点では試行錯誤の段階かなという印象を受けました。(ただし言語に関しては本気のようです)

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とあるFacebookの投稿に対して思ったこと その4

前回の記事で日清戦争後の結果、残念な日本人の態度に沖縄県人(とくに知識人たち)の顰蹙を買った件を掲載しました。もちろん内地人の目に余る態度は日清戦争前からもあったでしょうが、戦争の勝利に浮かれた一部日本人が調子に乗り過ぎたことは否定できません。

この後に沖縄一中ストライキや公同会事件という異常な事態が起こるのですが、いちいち説明するとすごく時間がかかるため、後日記事にします。当時の沖縄県人たちは内地人(他府県出身者)に対して一種の被差別感を持っていました。実はこの時初めて被差別意識から生じる劣等感を何とかしたいとの発想が生まれるのですが、当時の知識人たちは日本人になることで被差別意識を克服しようと考えます。

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突撃グルメレポートシリーズ~三角食堂へ行ってきたよ。

本日たまたまFacebook上で宜野湾市普天間の三角食堂の投稿をチラ見しました。内容は「まだやっているのかな?」でしたが、その投稿を見たときに地元民として謎の使命感が働き、では超久しぶりに三角食堂へ行ってみようということになりました。三角食堂は1965年(昭和40)の操業で今年で51年目になります。では普天間近隣の風景と合わせてブログ主が調子に乗って突撃グルメレポートを発表します。

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とあるFacebookの投稿に対して思ったこと その3

前回の記事でちょっと情けない頑固党の士族たちの話をしましたが、彼らが明治政府に対して大々的な抗議活動ができなかったもう一つの理由があります。それは尚泰候(元国王尚泰)が東京に在住していたことです。

仮に沖縄社会において士族が大規模な反乱を起こした場合、結果として東京在住の尚泰候の身に危険が迫ることになります。おそらくこっちの理由のほうが大きかったのでしょう、結局頑固党の皆さんは大人しく日々を過ごすことになります。

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とあるFacebookの投稿に対して思ったこと その2

前回の記事は予想の斜め上を行く反響がありました。その記事は11月1日に掲載したのですが、公開済み10時間で、当ブログのアクセスランク2位を達成するという謎現象が発生しました。”投稿者の親川さんって一体何者” という突っ込みは取り敢えず置いといて、今回から少し真面目に琉球・沖縄の歴史における差別からの解放の概念について説明します。

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とあるFacebookの投稿に対して思ったこと その1

先日 Facebook をちら見していたときに気になる投稿がありました。日時を確認すると、10月19日、投稿者は親川志奈子さんで、この時点で彼女の経歴は寡聞にして知りませんでした。10月18日の高江における機動隊員の土人発言に対する投稿のようです。全文を書き写しましたので是非ご参照ください。。

*彼女が日本国からの独立を志向している件はあとから知りました。琉球民族独立総合研究学会の一員です。 

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1913年(大正2)のユタ裁判 その8

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ここまで延々と1913年(大正2)のユタ裁判の公判記事を掲載しました。第3回公判で被告仲地カマドを拘留20日の刑に処す判決が下され一件落着と行きたいところですが、そこは往生際の悪いカマドさん、区役所の判決を不服として地方裁判所に控訴したため、当時の沖縄社会はまたまた大騒ぎになります。

本日から1913年3月17日行われた那覇地区地方裁判所での第二審公判の内容を掲載します。

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10月26日、〈機動隊 差別発言を問う〉沖縄からアジェンダを、安冨歩さん(東大東洋文化研究所教授)の記事を読んでおもったこと。

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10月18日の沖縄県東村高江において機動隊員が現地活動家に対して「土人」と吐き捨てた件に関する記事やニュースを数多く読みましたが、10月26日の琉球新報の掲載された安冨歩さんの記事ほど面白いものはなかったので今回掲載させていただきます。まずは全文をお読みください。

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10月18日、沖縄県東村高江における機動隊員の「土人発言」について思ったことの捕足

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10月18日、沖縄県東村高江における機動隊員の土人発言についての補足です。この土人という発言は沖縄県民にとってどのような侮辱的な意味を持つのか、前回記事とは違ってすこし真面目に考察します。

1879年(明治12)に琉球藩は沖縄県に鞍替えします。その後多くの日本人たちが商用あるいは公務として来沖するのですが、実は当時の日本人たちは現地の住民に対して土人と呼ぶのが一般的だったのです一例をあげると沖縄県政五十年(太田朝敷著、1932年刊行)には以下の記載があります。(旧漢字はブログ主にて訂正すみ)

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2016年10月22日、GRS護佐丸リラーニングサポートでのスピーチ原案

去る10月22日、GRS護佐丸リラーニングサポート内で現代沖縄における歴史認識について簡単なスピーチをおこなう機会がありました。今回はその原案をアップします。ブログ主が現時点で感じている歴史認識の問題点をまとめた内容ですが、2年あるいは3年後にこの草稿を読み返してどのような反応をするか今から楽しみです(笑)。

題目 

あいさつ 

1.現代沖縄における歴史のグラウンドデザインとは何か? 

2.現代沖縄の歴史認識はいつから定着したか? 

3.現代沖縄における歴史認識の問題点。 

4.歴史認識の問題を解決するには? 

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1913年(大正2)のユタ裁判 その6

前回の公判で城間ゴゼイさんの証言のよって仲地カマドさんはピンチに陥ります。ロールプレイングゲームに例えるとクリティカルヒットを食らった状態です。しかもそれだけではなく、第三回公判においてもう一人の主人公である具志堅マウシさん(49)が証人として出廷することで、カマドさんは絶体絶命の状態に追い込まれます。では具志堅マウシさんが殺る気満々で登場した1913年(大正2)3月4日に行われた第三回の公判の記事をアップします。

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