県内最大の組織暴力団・二代目旭琉会の多和田真山会長(49)が射殺された事件は、暴力団の組織壊滅に力を入れて来た県警にとっても大きな衝撃だった。組織内では “天皇” とも呼ばれるほどの絶対的な権力を握り、一家総長制を取り入れるなど内部体制も磐石に固まったと見られていただけに、言わば県警も虚をつかれた格好だ。
沖縄ヤクザ関連
多和田真山 – まとめページ
以前にも言及しましたが、沖縄ヤクザ史において最も興味深い人物は誰かと問われるならば、ブログ主は多和田真山(1933~1982)と即答します。それゆえに不定期ではありますが、ブログ主が蒐集した新聞史料を当運営ブログでアップしたところ、ネット上では “多和田ウォッチャー” として認知された感があることに気が付きました。
”狙われたドン”(5)/ 住民パワー
二代目旭琉会会長が短銃2発で射殺され、警察は十時間後に犯人2人を逮捕。そして3日後の総長会では「これ以上の内部抗争はしない」という和解が成立した – 。事の重大さに比べて表面上は不気味なほど穏やかだ。最初からこの事件を画策した “筋書き” があったのか。
戦前の沖縄社会にヤクザはいなかった件についての考察
“戦前の沖縄にはやくざがいなかった”
ブログ主が初めてこの事実に気が付いたのは大城立裕著『沖縄歴史散歩』を読んだときですが、その後いろいろな史料に目を通すうちに、意外なところから上記の事実を裏付ける記述を見つけました。
”狙われたドン”(4)/ 暴力団追放作戦
旭琉会の多和田真山二代目会長が射殺された9日、沖縄市の中の町社交業組合(伊佐彰一組合長)はその日のうちに緊急理事会を開いた。組合に加盟している店だけで380軒を数える中部地区最大の飲食店街。午前1時過ぎという時間はまだ人通りが多い。その真っただ中で発生したテレビドラマもどきの殺人劇。しかも舞台となったスナック「COOL」(クール)と組合事務所は目と鼻の先。組合員が街のイメージダウンを恐れたのも無理もない。伊佐組合長はじめ各理事は、客が寄り付かなくなるのを心配、対策を練ったが、救いは「一般住民にけががなかったことと犯人がすぐ捕まったこと」という。
”狙われたドン”(3)/ 動機
主犯格の糸数真(27)=旭琉会富永一家幹事=は、逮捕された10日夜、捜査陣の調べに対して「多和田(会長)が憎くて殺した」と何度も繰り返した。
「なんで憎くなったのか?」
「真山(会長)が旭琉会の会長になって、ことし初めごろからあまりにワンマンで横暴で威張りくさって、自分勝手すぎたのでどんどん不満がつのり、このままでは、と思うようになって殺した」と犯行の動機を語った。
”狙われたドン”(2)/ 多和田会長
県内の暴力団の中で、これまでにないほど、絶対的な力を誇示して来た二代目旭琉会多和田真山会長も、配下の組員の撃ち込んだ2発の銃弾にあっけなく倒れた。流血の抗争を繰り返して来たその歴史の中で、多和田会長自身も殺人を犯したが、やはり、穏やかな死は迎えられなかった。
”狙われたドン”(1)/ 島(シマ)割り
県内各地で暴力団排除の市民運動が展開されているなかで9日未明、沖縄市上地のスナックで県内最大の組織暴力団、二代目旭琉会の多和田真山会長(49)が2発の銃弾で倒された。同射殺事件は、犯人2人の20時間ぶりの逮捕によって一応の決着がついたかにみえる。しかし、過去の暴力団抗争が示すように、この世界は「目には目を、歯には歯を」の世界。いつ何時、血で血を洗う抗争が再燃するか、予断を許さない。
仲本善忠さんの功績を振り返る
昭和45(1970)年12月8日、復帰後における本土ヤクザ対策として沖縄連合旭琉会が誕生した件は、当ブログにおいて既に言及済ですが、意外にもその際に会長に就任した人物についてはあまり知られていません。
楚洲事件 – 初報
今回は昭和50(1975)年7月24日付琉球新報夕刊3面に掲載された “楚洲事件” の初報を紹介します。事件の概要は同年2月14日に上原組の組員3人が嘉手納へ借金取り立てに出かけた際に、旭琉会の組員7人に拉致され、国頭村楚洲の山中で殺害された件で、沖縄ヤクザ史上に残る残虐事件として広く知られています。
俺が調子に乗って沖縄ヤクザ関連の史料を公開するよ その2
今回は沖縄ヤクザ関連の積み史料から、那覇派関連の記事を紹介します。昭和37(1962)年にはいり琉球警察は那覇派とコザ派が西原飛行場で対決するのではとの情報をつかみます。この案件はブログ主も初めて知りましたが、前年9月の西原飛行場でのリンチ事件によって那覇派とコザ派が険悪な状態になっていたことの傍証と言えます。
俺が調子に乗って沖縄ヤクザ関連の史料を公開するよ その1
年末年始の休みを利用して、ブログ主はこれまで蒐集した史料を整理していますが、その際に沖縄ヤクザに関する貴重な記事を再発見することができました。後に “旭琉会” のビッグネームをして知られる人物たちのチンピラ時代など、きわめて興味深い内容となっています。
“沖縄連合旭琉会” の登場
今回はひさびさに “沖縄ヤクザ” に関する記事を提供します。ブログ主は新聞を中心にヤクザ関連の史料を精力的に蒐集していますが、印象的なのは、アメリカ世の時代においては質量ともに琉球新報の記事が沖縄タイムスを圧倒していることです。
旭琉会抗争 風化させない
今月22日付沖縄タイムス1面に「旭琉会抗争 風化させない」と題した記事が掲載されていました。30年前の男子高校性と2警察官射殺事件について言及していますが、ブログ主が驚いたのはこの案件を “1面トップ” にもってきたことです。
深淵を除いてしまった時
平成28(2016)年5月19日に当運営ブログは第一号記事を配信し、本日めでたく “893回目の記事” をアップすることになりました。これもひとえに読者様のお力添えとご支持の賜物であり、今後もご期待に添えるよう良質の記事を配信する所存であります。