突っ込まざるを得ないシリーズ

エロと泥棒と貴族

今回は、台風10号襲来のため “やーぐまい(家籠り)” せざるを得ないブログ主が暇つぶしがてら厳選した “じわじわくる” 記事を2本紹介します。

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刃物を持たない運動

今回はアメリカ世時代の先輩たちのハイレベルなやらかしを紹介します。昭和40(1965)年4月19日に “凶器を追放しよう” とのスローガンで “刃物を持たない運動” が全琉一斉で始まった記事を見つけました。

同記事は同月16日に起った勝連村南風原、松島料亭街で起った殺人事件の記事をチェックした際に偶然見つけましたが、まず刃物を持たない運動自体がじわじわきます。松島料亭街の事件は後日紹介するとして、先ずは “刃物を持たない運動” の記事を紹介しまず。読者の皆さん是非ご参照ください。

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風なまぐさく

今回は昭和の沖縄の一コマとして、沖縄二中(現在の那覇高校)野球部のエピソードを紹介します。昭和49(1974)年10月26日付琉球新報8面に平良浩著『昔の野球裏話 / 昭和初期のころ』と題した連載記事がありましたが、そのなかからじわじわくるお話をピックアップしました。

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在家のまま仏道の人となる

本日ブログ主は沖縄県立図書館にてとある事件関連の新聞記事をチェック中、偶然にもじわじわくる記事を発見しました。昭和48(1973)年11月14日付琉球新報夕刊3面に高名な作家の “得度式” に関する小さな記事が掲載されていましたが、ちなみにこのお方は令和2年においても存命でしかも現役で活動をされています。

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親子共同の妾

今回は明治33(1900)年07月19日付琉球新報3面に掲載された “辻町ネタ” を紹介します。明治期の琉球新報を参照して印象的なのが、辻町に関する話題が不定期に掲載されていることです。それはつまり社会の関心が非常に高かったことの裏返しでもあります。

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黑いりうきうルネサンスの時代

本日(6月18日)、ブログ主は巴志(=尚巴志)の足跡を調べるために『球陽』をチェック中、思いもよらぬ記述に遭遇しました。前に『蔡温時代の人民 – 1952年1月1日付琉球新報より』と題した記事を掲載し、蔡温が活躍した尚敬王(在位1713~1751)時代の暗黒面について言及しましたが、改めて『球陽』を読むと予想の斜め下を行く惨劇に背筋が凍る思いがしました。

ちなみに『球陽』は尚敬王あたりを境にして記述内容が素でエグくなります。参考までに Wikipedia の尚敬王の記述を参照すると、

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乾いた笑いしか出てこない

最近ネットサーフィン中に偶然ではありますが、少し前の琉球新報社説が目に留まりました。その内容が(ブログ主からみて)失笑そのものでしたので、早速突っ込み記事を作成しました。

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ぶっそうな琉球社会

いまさらですが、アメリカ世の時代は琉球・沖縄の歴史上もっとも物騒な時代だったと考えています。象徴的なのが “交通事故” と “未成年者犯罪の激増” の頻発で、そこから生じる治安の悪さは琉球社会の大問題になっていました。

ちなみに治安が悪かった理由のひとつには、戦後の人口増に対して琉球警察の人員が足りなかったことがあります。たとえば中部地区で最も犯罪が多かったのが美里村吉原(当時)ですが、昭和38(1963)年の記事をチェックするとなんと警官不足で派出所が設置されていません。

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ものくゆすど、わ御主

先日ブログ主は史料チェックのため沖縄県立図書館の郷土資料館でまったりと涼んでいました。その際に山里永吉先生*の著作を読んでいたところ、突っ込まざるを得ない記述があるのを発見しました。

せっかくなのでその部分をコピーして全文を書き写しました。読者のみなさん是非ご参照ください。

*山里永吉(ヤマザト・エイキチ:1902~1989)戦前・戦後を代表する文化人の一人。画家、作家、歴史家、陶芸家。琉球史劇「首里城明け渡し」の作者で有名。

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突っ込まざるを得ない記事を紹介するシリーズ – やべーじじい発見

今回は沖縄ヤクザ関連の史料をチェックしているうちに発見した “カジマヤー” の記事を紹介します。昭和37(1962)年10月5日の琉球新報夕刊に前里宗快さん(97)のカジマヤーを祝う記事が掲載されていました。すごくいい話ですが、少しひっかかった部分があったので記事の一部を書き写しました。読者のみなさん是非ご参照ください。

*カジマヤー:数え年97歳のときに行われる長寿祝いで、旧暦9月7日に盛大に催されるのか慣例です。

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ウチナータイム

先日よりツイッターで話題になっている不良マンガ「東京から沖縄に転校してきた不良の四コマ」でいわゆるウチナータイムに言及している箇所がありました。ウチナータイムはウィキペディアにも登場する程のウチナーパワーワードですが、ウィキの説明はちょっと凝りすぎるところがありますので、わかりやすい例として斎湖 伴仗さんのツイッターを引用します。読者の皆さん是非ご参照ください。

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突っ込まざるを得ない記事を紹介するシリーズ – 明治廣告編

今回の突っ込まざるを得ないシリーズは、明治時代の琉球新報に掲載されたじわじわくる広告を紹介します。明治33年(1900年)7月15日付で琉球新報は紙面を拡張しますが、実は17日付の2面で新聞広告についての論説を掲載しています。この論説は後日改めて紹介しますが、その内容は新聞広告は単に新聞社の利益のみならず、広告主や読者にも多大な利益になることを丁寧に説明しています。当時の琉球新報が如何に広告を重視していたかを伺わせる内容ですが、では実際にどのような広告が掲載されたのか気になるところです。

実際に当時の新聞をチェックすると大半は真面目な内容ですが、中には突っ込まざるを得ない広告もありましたので、今回はその中から選りすぐりの広告を抜粋しました。読者の皆さん是非ご参照ください。

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突っ込まざるを得ない記事を紹介するシリーズ – 大弦小弦

今回は平成31年4月7日付沖縄タイムス〈大弦小弦〉について言及します。まぁいろいろツッコミどころ満載の内容でしたが、要は普天間基地の辺野古移設反対運動をサポートする目的で執筆・掲載されたと見做して間違いありません。結論が決まっていて、それに合致する事柄をペタペタ貼り付けているので、どうしても文章に無理が生じます。しかも500字程度にまとめる制約がありますので、執筆者の苦労は察するに余りありますが、とりあえず全文を書き写しましたのでご参照ください。

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