3月はセンバツや春の高校野球県大会などの “野球中心” の毎日を過ごしているブログ主ですが、今回はまじめにワシントン事務所案件を通じて露呈した沖縄県政の問題点について言及します。
ワシントン事務所の問題は大雑把にまとめると、「設立時の国内の法的手続きが不明瞭で、合法・非合法かの判断ができない。つまりワシントン事務所は行政は法に基づくの大原則から逸脱した存在なので予算を計上するわけにはいかない」に尽きます。
それに対し事務所存続を訴える人たちの意見をまとめると、「沖縄の基地問題を米国側に訴えるための施設として、ワシントン事務所は必要不可欠である。設立時の手続き上の “瑕疵” は訂正した上で事務所を運営していけばいいのでは」になります。
どちらの主張が正しいのかは置いといて、この問題でブログ主が強い興味を抱いたのが県議会2月定例会で県政野党が予算案を差し戻す「動議」を提出・可決された際に、県側は総務省に諮った上で「県議会に差し戻し(返付)を求める法的根拠はない」との立場で、結果的に予算案審議を再開させた経緯との絡みです。
つまり県側は
・返付の議決には法的根拠がない。地方地自法に従って議会は運営されるべきである。
・ワシントン事務所の設立経緯の法的根拠は示されていないが、沖縄の基地問題を訴える上で必要不可欠な存在なので存続させるべきである。
との相矛盾する主張をしているのです。まさに「二つの心(二重思考)」の発想であり、これこそ現在の県政が陥っている最大問題なのです。
二重思考については以前言及しましたが、改めて説明すると「同時に相矛盾する思想信条を心にもち、しかもその両方とも正しいと思う能力(小室直樹著『日本の「一九八四年」』)であり、まさに現代の県政運営そのものを指しています。
ではなぜそうなったのか、それはつまり玉城デニーを支える支持者たちの質が主因であり、ハッキリいって
そのような人ばかり残ってしまった
としか言いようがありません。そして県政がその人たちに振り回されてしまい、マヒ状態※に陥っているのです。
※典型的な民主主義の失敗です。
昭和の時代なら「二つの心」をもって県政運営しても何とかなりました。たしか稲嶺恵一さんがご指摘されていましたが、「沖縄の心をわかってくれる政治家が情けを持って対処してくれた」わけですが、昭和の時代ならともかく令和の今日ではそれが通用しません。だがしかし通用しないと分かっていても「政治家の情け」にすがろうとする発想から抜けきることはできません。そしてそのような連中だけがオール沖縄に残っているのです。
なお、二重思考はアメリカ世の琉球政府から復帰後の県政における “伝統芸能” なので、残念なことにすぐには改めることは出来ません。時間をかけて辛抱強く対処すべき案件ですが、幸いなことに今日の若い世代は復帰直後の世代よりもはるかに優秀なので、彼らに未来を委ねることで必ず改善できると確信しつつ今回の記事を終えます。