独立芸人と二つの心

そういえば先月27日は「沖縄県」が設置された “琉球処分” の日ですが、例年この日の前後あたり、SNS上で「日本の植民地的支配が云々」を唱える輩がちらほら見かけます。

ちなみに、明治12年(1879)の廃藩置県から、アメリカ世を挟んで現代にいたるまで我が沖縄はヤマト(日本)の植民地であると主張する輩は極少数いますが、ブログ主が見たかぎり琉球独立を声高に訴える人たちに多いように見受けられます。

そこで今回はひさびさに “りうきう独立芸人” について深堀しますが、改めて指摘すると彼らの主張には大きな欠点があります。

・りうきうはヤマトによって差別されている→「りうきうはヤマトによって差別されている」との命題に沿うような歴史的事実を列挙して、自分の内なる劣等感を拗らせているだけです。

・有史以来りうきうは独立した民族である→我が沖縄の歴史上、(近代的な)民族意識が芽生えたのは19世紀以降の話で、伊波普猷先生が「日本民族の中のウチナーンチュ」と概念付けたのが最初です。

そしてこの点が一番の問題ですが、りうきうを差別している日本国民として権利を行使し義務を果たすことと、差別されている琉球人として「ヤマトの植民地支配」を糾弾することと、すなわち同一人物の中に「差別者」と「被差別者」がいることに矛盾を感じていない、いわゆる「二つの心(二重思考)」の持ち主であること、この点は強く訴えたいところであります。

ではなぜ、いまさら独立芸人たちが「二つの心をもつ」ことを訴えなければならないのか、それは昨今の県政を見るにつれて、

二重思考の持ち主に権力を任せたらダメだ

という思いを強くしたからです。

二重思考の恐ろしさは「相矛盾する二つの思想を正しいと思う能力」が故に、彼らの行動には「うしろめたさ」や「ためらい」がないからです。たとえば「非暴力」を唱えながら物理的圧力をかけてきたり、「言論の自由」を訴えながら他者の発言を制限したりと、相異なる言動を平気でやらかす可能性が否定できないからです。

その手の人物が在野で活動する分なら「困った奴だ」で済ませられますが、権力をふるう立場になると厄介極まりない存在になること間違いありません。幸いにも我が沖縄県民は独立芸人の言動を “華麗にスルー” している現状がありますが、一人だけ(日本国民として)地方自治に携わっている御仁がいますので、彼の言動は注視したほうがいいかもです。

そして思いっきり笑い飛ばしましょう。