今回は、世界のロックシーンに大きな影響を与えたと言われる「LSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)」について言及します。もちろん、この “おクスリ” も当時のヒッピー文化とともに沖縄に上陸しており、それを裏付ける史料として、昭和45年(1970)4月25日付琉球新報朝刊07面によると「中部でLSD(幻覚剤)摘発 」と題した、LSDに関する初めての記事が掲載されていました。
喜屋武幸雄さんの「ロックアラカルト沖縄」によると、「ジェファーソンエアプレーン、クリーム、ステッペンウルフ、ジミーヘンドリックス、ドアーズなど、ヒッピーや麻薬と主に生まれたサイケデリックグループを手本に、既成概念やモラルにとらわれない自由奔放なロックを習い(以下略)」とあり、つまり当時のバンドマンたちはヒッピー文化を真似つつ “ラりぱっぱ” しながら演奏法を学んでいったわけです。
なお、喜屋武さんの証言によると、りうきうの若者たちがサイケデリックに被れたのが、だいたい昭和44年(1969)年前後なので、下記引用の琉球新報の記事と時系列が一致します。是非ご参照ください。
中部でLSD(幻覚剤)摘発 / コザ署 – 販売ルートを内偵
【コザ】中部一円にはびこる大麻など麻薬類を捜査中のコザ署は、このほど大麻をはじめ幻覚剤LSDを摘発、新たに出た麻薬として緊張。入手、販売ルートの内偵を進めている。LSDが沖縄で摘発されたのはこれが初めて。
同署で検挙した麻薬事犯は68年2年、69年3人だったのがことしはすでに8人を検挙。このうち3人は、LSDの売人で昨年まではなかった。同署は、さる3月中旬コザ市内二ヶ所を家宅捜索、1錠10㌦(本土では2万円)で売られているLSD錠剤約40錠を押収した。入手経路を捜査中だが、ほとんどが米兵の持ち込みとみられ、外人バーにたむろする不良グループから外部に出ているもよう。同署は「まだ中毒患者が出るほどではないが、かなりの量がひそかに持ち込まれ、売られている」とみている。
LSDは学名、リゼルギンサンゼチルアミドといい、これを飲むと色彩に富んだ幻覚を生じ、時間と空間の感覚がなくなる。
色が “聞こえ” 音楽に “触れることができる” 錯覚にとらわれる
麻薬のなかでもとくに危険度の高いもの。純粋のLSDだと、1㌘で2万回に分けて服用できるという。LSDは本来精神分裂症患者の治療薬としては使用されていたが、危険度が高いため生産中止になった。ところが最近世界的にLSDが流行、本土と沖縄でもことしから麻薬の指定をして取り締まることになった。いまのところ組織暴力団とのつながりはないようだ。(昭和45年4月25日付琉球新報朝刊07面)
参考までに、『喜屋武幸雄のロックアラカルト沖縄〈36〉』にもLSDについて詳しく言及していますので、ご参照ください。
LSD=エルエスディ。正式にはゼルク酸ジエチルアミド。スイスで精神病患者用に開発された幻覚剤。効果の現れ方は服用した時の精神状態やその人によって千差万別。潜在的な意識が目ざめ、感覚が鋭敏になる。幻視、幻聴、時間、空間等感覚の歪(ゆが)みを感じる。麻薬の中でも一等強烈で効果も長時間に及び、蝶や鳥になったつもりで屋上から飛び降りたり、裸になったり、泣きわめいたりする。音に色がつき、道路がうねって歪み空中に飛び出したり、言葉ではいい表せない症状が出る。その体験を芸術に高めたのがサイケデリックアートであり、サイケデリックミュージックだった。また副産物としてロックに絶対不可欠の証明技術が大きく発展した。
ビートルズの最高峰LP「SGTペッパー……」が、LSD体験から生まれ、その中に「LシャインザSカイウィズDイアモンド」があるのも隠れた有名な話。また、二十一世紀の主流になるといわれるシンセサイザーで宇宙的スペースサウンドを確立したのがピンクフロイドといわれ、LSDにまつわるエピソードは数多い。この麻薬がいろんなジャンルに与えたショックは計り知れないものがあり、ミュージシャンが最も好む麻薬の王様。
ハッキリいって、これほどの “おクスリ” が沖縄のロック業界に影響を与えていないはずはなく、次回はその点についてブログ主なりに考察します。(続く)