父に病死され、60歳を超した老母と2つちがいの妹と3人で暮していた千代子(24)は、コザ市諸見のスーベニヤで働いていた。その千代子がいつも店に買い物に来る1アメリカ兵と友達になってやがて結婚したいと母に願った。アメリカ兵はローレンスという軍曹でまだ22歳のおとなしい青年だった。母親の生活も十分にみるというのである。
母親と妹は国際結婚を喜ばなかった。むずかしいことは分からなかったが、隣近所の人たちから冷い目でみられ、悪口を叩かれること、娘の長い人生を考えると不安であった。しかし千代子はもう思いつめて聞いてくれなかった。ローレンス軍曹も真剣に千代子との結婚を望むので、母親もとうとう承諾した〔。〕妹も姉の非常な決心にOKした〔。〕母親が承諾した大きな動機はローレンスが千代子に示した女尊男卑のアチラさんの礼儀に特別に心をうたれた。それから間もなく千代子は店をやめて山里の奥にある実家の一室にローレンスとの愛の巣をきずいた。お役所の人たちや市の有志たちにアメリカムークを取ったと騒がれるのをきらって結婚届けは出さなかった。
狂死した若い母親 / 国際結婚が招いた悲劇
〇……それから半年は経っただろうか、或る日ローレンスは来なかった〔。〕一日も欠かさず部屋から千代子の元に通い、可愛がってくれた彼が……そしてとうとう一月たっても来なかった。千代子は夕方になると門に出て彼が来るのを待ったがやはり彼は姿をみせなかった。母子3人でいつも話をしていたローレンスのことを千代子は日がたつにつれていわなくなった。しかし千代子は自分の運命の中に、広い額と澄みきった大きな目をのぞかせて風のように通り過ぎたローレンスのことで心は一杯であった。ふいに「マイ・チヨーコ」といって顔一杯に笑をこぼしてくる彼の足音が聞こえるような気もした。しかし未練がましいことをいうようでかえってそういう自分がミジメにさえ思った。1日1日とローレンスのことは忘れられこれから先の母との生活のことを考えるようになった〔。〕部隊クラブに通ってくる妹はローレンスのことを友人や顔見知りの兵隊に聞いたが分からなかった。夜などしょんぼりとベッドの上に座っていつまでもねようともしないでいる姉の姿をみるのがつらかった。
◎……ローレンスが来なくなって八か月ほどたって千代子は青い目の女の子を生んだ、可愛い赤ん坊で日が経つにつれて西洋人形のような感じがした。
ところがいろいろと心の中で思いつめたのがたたったのか千代子は産後精神に異状を来たしてしまった。一言もものをいわず泣く赤ん坊を見ようともせず勿論オッパイものまさない。母親と妹のショックは大きかった。赤ん坊は母親と妹が面倒を見てメリーと命名した、妹はメリーを抱いてつぶやいた。
「可哀そうなメリーちゃん。パパも知らない上にママは……、頼りになるのはおばあちゃんとこのおばさん2人だけだよ」
それから或る時には狂人の姉に、
「メリーちゃんは私が立派に育てる。ローレンスはどこの部隊の兵隊だったかさえ知らないただのゆきずりの人にすぎなかったのだ、だけど姉は気の狂うほどローレンスのことを考えたのね、今からでも遅く〔は〕ないからメリーちゃんのことも少し位考えてくれ」と心で泣いて訴えるのだった。母親はもう千代子のことはすっかりあきらめていた〔。〕産後発狂するまで自分の運命を思いつめて受けたショックが乳のとまった原因らしい。
ローレンスから貰ったラジオ、家具などを前に幾日もただぼんやりと座り続けていた千代子は四か月後とうとう死んでしまった。
父親には逃げられ、母親には死別されたメリーは昼はおばあさんにおんぶされ、夜はおばさんの手によってミルクを与えられすくすくと生長、今では4つになっている。隣りの子供たちと無心に遊んでいるメリーちゃんのあどけない姿を見るたびに妹の初子は、過去のことやメリーちゃんのこれから先のことが間時に脳裏で交錯し、強く強く生きていかねばと自分にムチを打ったのだった。(知)
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