これまでの記事で実に長々と右翼とウヨク、左翼とサヨク(あるいはそれ以下のパヨク)の違いについて考察しました。両者の違いについて再度説明すると、
ウヨク:日本は世界で最もすぐれた国である、理由は神代以来天皇家が君臨し給い、革命が起こっていないからである。ただし「天皇のなさることはそれだけで正しい」という確固たる信念はない人たちで、ソビエト崩壊後に「日本スゲー」と自惚れているお調子者。
サヨク:現実の矛盾や不公正を是正するには、天皇の廃位も辞さないレベルでの抜本的改革が必要と考える人たち。ただし現在の秩序を破壊した後に新たな社会秩序を構築するためのプランを持ち合わせていない。しかも政権奪取が夢また夢の状態で、結果的にアノミー(無原則。無規範の状態)に陥ったかわいそうな人たち。
になります。やはりソビエトの崩壊の影響は絶大で、ウヨクの皆さんは「日本スゲー」と調子に乗りまくり、サヨクの皆さんは自信を失って「反対がための反対」しかできない状態になってしまいます。どちらが厄介な存在かといえば、ブログ主はサヨク(あるいはパヨク)の皆さんと即答します。はっきり言ってアノミーに陥った人種なんて恐ろしくて近寄りたくありません。ウヨクの皆さんは単に浮かれたお調子者ですから、冷静なるよう誘導すればいいのです。サヨクの皆さんは冷静になる以前の問題ですから、取り扱いの方法がわからないのです。
アノミー(無原則・無規範の状態)とは少し分かりにくいかもしれませんが、ためしに下記の小田実さんの言動を参照ください。
その小田は毎日新聞(1979年3月5日付夕刊)「日本ははたして自由主義国家か」で、大阪弁でいえば、ケッタイな論法を展開している。小田は社会主義諸国や第三世界の失点が自由主義側の得点になっていないとし、こう説く。
「ほんとうにまさにそれゆえにこそ、自由主義もそれを基本とする社会も危機に立っていて、それがうまく存続し得るかどうかの正念場にさしかかっているのだ。社会主義諸国や『第三世界』の力が強いから危機におちいっているのではない。それ自体としてそうなってしまっていて、危機は社会主義諸国、『第三世界』の原理としての弱まりとともに強化されてきている。」
ここまで読んで、なるほど、人間の基本的自由を原理的に否定する共産主義の弱体化、自由主義のアンチテーゼの無力化が自由を守ろうとする緊張感を失わせ、自由主義の危機をもたらすという意味なのか、珍しくまともな議論だと関心した途端、次のくだりを呼んで思わず失笑するという仕掛けになっている。
「今や、天(あま)が下、正しきものなし。何をしてもよろしい。何をしても許される。それが自由だ!」
ベトナム反戦運動で「北」側の100%正義論を展開してきたのは、他ならぬ小田らベ平連の面々ではないか。それが「解放」後、「正義の中心ではなくなった」ので世界に「正義」が払底したというのなら、それは自らの誇大宣伝の責任だろう。
これは稲垣武さんの『悪魔祓いの戦後史』からの引用ですが、昭和54年(1979)の中越戦争勃発後の小田実さんの言動の一部を抜粋しました。ベトナムのカンボジア侵攻およびその後の中越戦争で、ベトナム戦争においてベトナム側を支持していた知識人たちのパニックぶりが手に取るように分かる内容になっています。
今まで信じていたものに裏切られた時の理想的な反応とも言えますが、現在のサヨク(あるいはパヨク)の皆さんは当時の小田さんと余り変わらない危険な状態なのです。どんなに社会的地位が高かろうと、名声があろうと無原則・無規範の状態の人間なんて相手にしたくありません。
はっきり言って対応策はありません。時間が解決するのを待つのみです。ブログ主はそういう連中には敢えて近づかずに、サヨク(あるいはパヨク)の皆さんの言動を遠巻きに観察して、その逆の発想・行動をとれば正しい社会生活を送ることができると確信しています。唯一心配なのは東アジアの冷戦が日米の勝利に終わったあとに、サヨク(あるいはパヨク)の皆さんが大発狂してかつての従軍慰安婦のようなしょうもない問題を引き起こしかねない点です。沖縄の旧革新勢力や既存のマスコミは本当にやらかしかねないので、この点だけは注意深く見守っていく必要があります。(終わり)