閑話 右翼とウヨク、左翼とサヨクを分かつもの その4

前回までに、長々と「右翼」の定義について述べました。今回からは「左翼」の本質、および何故左翼が「サヨク」に変質したかを考察します。

其の前に現代社会は「天皇陛下の前では日本人はみな平等」との建前がありますが、現実の社会には様々な矛盾や不公平があります。典型的なのが「富の配分」ですが、右翼も左翼も「富の配分の不公平の是正」する姿勢は共通です。

ただし、右翼のみなさんは「国体護持」した状態で不公正の是正は可能と考えるのに対して、左翼は革命を視野に入れての社会的不公平の解消を目指していることです。

「革命を視野」に入れているため、天皇制の打破を含め、あらゆる社会秩序を根本的に見直すのが左翼の立場で、それゆえに「国体護持」が至上命題の右翼や、社会の保守的な人たちにとって、左翼は忌むべき存在になります。

世間では「左翼=共産主義者」などのイメージがありますが、これはちょっとした誤解で、かつて左翼の人たちは社会の再構築のためにマルクシズムの思想を利用することを想定していたからです。昭和の時代にはソビエトが健在でしたし、ロシア革命およびスターリンのカリスマは絶大でしたから、当時の若い人々が魅了されるのも止むを得ません。

現在において「左翼」が「サヨク」に変質した最大の理由が平成3年(1991)のソビエトの崩壊で、社会を再構築する理論を元左翼の人々が提供できなくなったからです。だから現代のサヨクは「正義」を盾にして現代の秩序を破壊することしか頭にない、きわめて危険かつ厄介な存在と見て間違いありません。

問題は、そんな現代型のサヨクの皆さんと、沖縄の旧革新勢力(オールおきなわ)との相性が抜群にいいことです。とにかく彼らの言動や活動には「自制」の姿勢が見当たらないのが特徴で、そんな連中と連帯して「基地反対」だの「安部政権ガー」などと主張している旧革新勢力の方針には正直なところ恐怖すら感じます。(続く)

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