若者よ、新聞を読もう

今月3日の沖縄タイムス5面「わたしの主張 あなたの意見」のコーナーのトップに “若者よ もっと新聞を読もう” と題した読者投稿が掲載されていました。

ざっと目を通してみて、投稿者(72歳男性)の言い分は理解できたのですが、時間が経つにつれて謎のじわじわ感を覚えましたので、ためしに全文を書き写しました。読者のみなさん、是非ご参照ください。

若者よ もっと新聞を読もう

〇〇〇〇 = 72歳

新年度となり街は、スーツ姿でスマホを操る若者たちが目立つ。スマホは手っ取り早く情報を入手でき日常生活に欠かせない。

しかしその心理は、詐欺グループのねらい目でもある。ネット通販をかたる詐欺メールなどで口座番号や大金をだまし取られる事件も後を絶たない。

ネット上の情報は必要最小限かつ紋切り型で、真偽が疑わしいものも多い。偽ニュースであったり、書いた者の顔が見えない怪しげな情報もある。

新聞の情報は書き手の名前があり信頼できる。

最初にめくるのは投稿欄で楽しみだ。投稿者の主張や知恵、喜怒哀楽がつづられ、納得させられ学ぶことも多い。記事には載らない行事などの情報もあり感動がよみかえることもある。

新聞は政治や経済、日常の出来事を分かりやすく解説する。さまざまな視点から事実を知ることができ、生活に欠かせない情報が満載されている。

若者よ、新聞を読もう。(令和3面5月3日付沖縄タイムス5面)

この投稿を読んで最初にブログ主の目に留まった箇所は “ネット上の情報は必要最小限かつ紋切り型で、真偽が疑わしいものも多い。偽ニュースであったり、書いた者の顔が見えない怪しげな情報もある。新聞の情報は書き手の名前があり信頼できる(以下略)” の部分で、実はこれ典型的なアメリカ世を生きた高齢者たちの発想なのです。

具体的に説明すると、アメリカ世時代の言論、とくに新聞の場合は実名投稿が大原則で、匿名投稿は信用できないというのが常識だったのです。これは当時の新聞をチェックすると理解できますし、それ故に現代のネット上における匿名情報はどうしても信頼がおけないとの気持ちはわかります。実際にネット上の言論は個人で真偽判断できるレベルを超えた量の情報が提供されています。

ではなぜ、この投稿にじわじわ感を覚えたのでしょうか。それは

新聞を読まない若者たちに、新聞紙上で “若者よ、新聞を読もう” と呼び掛けているからです。

つまり、この投稿は一見すると若者に呼び掛けているように見えますが、実はそうではなく、新聞の読者投稿欄の愛読者に向かって訴えているのです。その心は誤解を恐れずにハッキリいうと、

スマホ上での情報に騙されることなく、新聞情報を信頼して日々の生活に役立てている私は凄いだろうという一種のマウント心理

で間違いありません。

投稿者は “最初にめくるのは投稿欄で楽しみだ。投稿者の主張や知恵、喜怒哀楽がつづられ、納得させられ学ぶことも多い” と記述してますが、確かにブログ主も新聞の読者投稿欄は目を通すようにしています。理由は簡単で “新聞社の本音” が伺える貴重な場所だからです。そして今回の投稿から、もはや沖縄タイムスの購読者(とくに読者投稿ガチ勢)は “マウント高齢者” が主流になりつつあるんだなと妙な実感を覚えたブログ主であります。