(その1からの続き)すこし話がそれましたが、今回はまじめに我が沖縄における第49回衆議院議員選挙の結果についてブログ主なりに考察しますが、結果はご存じの通りオール沖縄勢力が大型選挙で結成以来の惨敗を喫したと看做して間違いありません。
だがしかし、これはしょうがない部分があって、以前も指摘した通りオール沖縄は “平和と経済的発展” という土壌でしか安定的に活動できません。今回はそれとは逆に、新型コロナウィルス感染という特大級の災いに加えて、軽石の漂着被害という予想外の災害にも見舞われた中での選挙戦でした。
しかも選挙は日程的に超短期決戦で運動員の確保にも苦労した中、これだけの悪条件下で小選挙区において2議席(沖縄第1区、第2区)を獲得したのは素直にすごいと思います。
対する自公勢力は小選挙区で2議席、比例で3議席(自民2,公明1)と5議席をゲットしました。特筆すべきは沖縄全県区で自民党代議士を輩出していることであり、それはすなわち
沖縄県民は、本音の部分で政府のコロナ対策を評価している
ことの裏返しなのです。それとプラス “政府と連携してコロナ禍後の経済対策に取り組んでほしい” と有権者が考えている証でもあり、ブログ主が予想した以上に沖縄県民は全体として安倍・菅政権時代の政府の施策を冷静に判断しているなと感じました。
今回の選挙でブログ主の印象に残った出来事の一つが、沖縄第3区における島尻あいこ候補の当選です。実はこれはりうきう・おきなわの歴史を振り返ると大変な快挙なのです。その理由は列挙すると、
1 ご存じの通り、沖縄3区は2009年以降玉城デニー氏の地盤であり(3勝1敗)、オール沖縄結成後は直近の補欠選挙も含めるとまさに “鉄板区” と呼ぶにふさわしい地区であること。
2 島尻候補は女性であること。
3 しかも出身が県外(宮城県仙台市)であること。
となり、これらの難関をすべて突破して衆議院選挙を勝ち抜いたわけです。
ブログ主は今でも鮮明に覚えていますが、平成18年11月19日に行われた2006年沖縄県知事選挙において、革新共闘会議から糸数慶子さんが立候補した際に、地元の高齢者たち(女性)が
あんねーるーいなぐが
と陰口をたたいていたことをです。つまり従来の革新支持者も「糸数は女性だから何もできない」との先入観があり、こっそり対立候補の仲井眞弘多さんに投票していて、冗談抜きでそれが一因となって負けてしまったのです。
いまもむかしも沖縄の高齢者たちはある種の女性に対する蔑視があります。それにプラス島尻さんは本土出身というマイナスポイントがあるわけです。すなわち
あんねーるーいなぐ&ないちゃーが
という(沖縄社会においては)超絶ハンデになりかねないレッテルを乗り越えて彼女は当選したのです。
それはすなわち沖縄社会の “内なる差別感情” が解消に向かっている証でもあり、ブログ主はその点をきわめて重視しているが故に快挙と評価したのです。あとは結果を残すのみですが、島尻さんは参議院議員としての経験が長いのでそのあたりは問題ないでしょう。少なくとも
屋良朝博候補よりは断然有能
と判断した沖縄第3区の有権者たちには素直に敬意を表せざるを得ません(続く)。