俺が調子に乗って真栄原二丁目の現在を詳細に説明してみた件

今日は令和に入って4度目のクリスマス・イブですが、今年はさすがにコロナ禍で自粛ムードが強かった過去2年間に比べると街が華やいだ印象があります。なお、当運営ブログでは毎年クリスマスの時期に “風俗関連” の記事をアップしており、先行して「ホテルいぶき」の潜入取材の記事をアップしましたが、今日は今年の本題である “真栄原二丁目の現在” について言及します。

真栄原二丁目(旧真栄原社交街、通称新町)については、過去にも記事を掲載していますが、今回は平成20年(2008)2月のゼンリン地図、令和03年(2021)ゼンリン地図、そして今年12月の現在の状況について、ブログ主が調子に乗って説明します。風俗記事が大好きな読者の皆さん、是非ご参照ください。

・まずは、平成20年2月ゼンリン地図を手書きで作成しましたが、実はこの作業が思いのほか、難航したのです。それもそのはず、完成後に風俗店(と思わしき)建物を数えたところ、あの狭いエリアに93店舗もあったのです。そして、同時期に進めていた、美里1丁目(旧吉原地区)の復元作業が難航を極めている理由がこれではっきりしました。(美里1丁目に関しては完成次第、当ブログにて紹介します)

・次は令和03年(2021)年02月の同地区の書き写しです。2丁目19番1号にアトリエ “PIN UP” が掲載されているので、令和02年9月以前の情報と思われますが、注目は、数多くの風俗店舗がほぼ全滅して、空き家が数多くみられるようになっている点です。

・そして、現在の地図は後に紹介するとして、令和04年12月現在の様子を紹介します。地元ネタになりますが、宜野湾市嘉数の史跡「小禄墓」から真栄原2丁目に抜ける小道が健在でしたので、今回はそのルートを使って移動しました。

・抜け道を出ると、真栄原2丁目19番の「いは駐車場」の看板が見えてきます。営業しているか不明ですか、私有地ですので勝手にクルマを止めてはダメな雰囲気がありました。

・そのまま右折してしばらく進むとアパートが見えてきます。そして日思会の宣伝カーがありますが、この光景は5年前とほぼ同じです。

・営業しているかどうかは不明ですが、真栄原2丁目17番の建物は一部の例外を除いて、ほとんど取り壊され、空き地になっています。

・この角度の方が分かりやすいかもしれません。左側の建物が真栄原2丁目17番17号ですが、その先が更地になっています。

・リサイクルショップ・ティアラを別の角度から撮影しました。平成20年当時は2階建てで営業していたことが伺えます。

・当時をしのばせる看板が残っていました。

・リサイクルショップ・ティアラの向かいに平安座武志さんの事務所がありますが、そこを左折します。

・コロナ禍前の令和元年ごろ、右奥の建物は営業していたんですよねー(爆弾発言)

・この辺りから空き地が目立ってきます。

・真栄原2丁目16番のこのアパートも、昔は風俗営業でしたが、いまではその痕跡が見当たりません。あと5年前には右側に建物ありました。

・かつての真栄原社交街通りは、沖東交通営業所(左側)からみてまっすぐの100㍍あるかないかの通りです。

・ちなみに、現在の真栄原2丁目19番は一部民家を除いて更地になっています。

・風俗店の名残がかすかに残っていました。

・この建物はどうやら営業していないようです。(夜間帯に通りかかって電気がついていないことを確認済)

・今回の散策で最もショッキングな映像を紹介します(場所はアトリエPIN・UP跡地です)。現場でこの光景を見た瞬間、「何をやっても無駄」と語りかけられた感すら覚えました。

・最後に手書きの地図をアップします。

令和04年時点で日本一詳細な “旧真栄原社交街” の様子を読者へのクリスマス・プレゼントにして、今回の記事を終えます。

コメント

Comments are closed.