新型コロナウィルス禍も落ち着いた今日この頃、当運営ブログでも自主規制してきた “散策ネタ” を解禁してきましたが、今回は昭和45年のゼンリン地図を参照に、沖縄市照屋地区の現状をアップします。前回の普天間や沖縄市中央の記事とは違い、今回は歴史ネタを絡めた内容でまとめてみました。
当時の地図を見て印象的なのが “映画館” の多さで、旧コザ市照屋地区には(隣の城前地区も含めて)なんと5つの映画館が乱立していました。あの狭いエリアに大衆娯楽の中心であった映画館が5つもあった事実は、照屋地区が在りし日のコザの中心地であったことを物語っています。今回は照屋内の旧映画館跡地の現状、および銀天街の解体工事の様子もアップします。読者の皆さんぜひご参照ください。
・昭和45年のゼンリン地図をアップします(一般住宅もあるためぼかし修正を施してます)。①から④の場所が映画館があった場所です。
沖縄の映画館に関しては “キネマ探偵団” と題した神サイトがありますので、その中の沖縄映画興行伝説の記事を参照し、当記事をまとめてみました。ちなみに映画館名はゼンリン地図に記載されているものと、沖縄映画興行伝説のサイトに表記されているものと若干ずれはありました。当記事では両名称を併記しますのでご了承ください。
・今月18日の晴天日、ブログ主は沖縄市照屋を訪れました。出迎えの壁画が昭和遺跡群に見えてなんとなく物悲しい気分になります。
・レストラン都は昭和45年のゼンリン地図でも確認ができました。おそらく当時のままの建物かと思われます。
① コザロキシー映画館
レストラン都のそばに住友生命沖縄分館のビルがありますが、この場所がコザロキシー映画館(コザロキシー)があった場所です。当時の面影は全くありません。
【関連リンク】沖縄市:コザロキシー ←コザ沖映館
② コザ琉映
・当時の地図を参照すると、”奥間ラジオ店” の表記が確認できます。おそらく同じ建物でしょうが、同ラジオ店は現在も絶賛営業中です。
【関連リンク】沖縄市:コザ琉映館 (※現役2番目に最古の映画館)
・電化プラザOKUMA(旧奥間ラジオ店)の裏手にコザ琉映の建物がありました。現在では単なる空き地です。
③ オリオン国映
・沖縄映画興行伝説では “十字路オリオン座” と記載されていましたが、右側手前の建物で間違いないです。同サイトを参照すると、昭和45年ごろに閉館し、その後は鮮魚店が営まれていたとのこと。照屋地区に現存する唯一の旧映画館の建物です。
【関連リンク】沖縄市:十字路オリオン座
・銀天街解体工事中の様子ですが、この写真左側の建物が、かつてのオリオン国映(十字路オリオン座)です。
④ セントラルコザ琉映
・銀天街のゆらてぃく広場にセントラルコザ琉映(第一セントラル琉映館)がありました。現在は解体工事の作業スペースに割り当てられています。もちろん当時の面影はありません。
【関連リンク】沖縄市:第一セントラル琉映館
・参考までに、銀天街の解体工事の様子です。素人目でも老朽化が著しく、解体はやむを得ないとの印象を受けました。
いかがでしょうか。昭和45年の地図を参照に在りし日の照屋をしのびつつ、時の移り変わりは残酷なシーンを目の当たりに……のフレーズが頭の中をよぎったブログ主であります。参考までに、これらの映画館がどのような映画を上映していたか、昭和51(1976)年の琉球新報に掲載されていた記事を紹介して、今回の記事を終えます。
・昭和51(1976)年12月16日付琉球新報9面
・同年12月18日付琉球新報12面
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