前回 “祖国復帰は沖縄県民自身が選び取った歴史です” と題した尚衛氏の論説全文を掲載しましたが、その解説記事作成のために様々な史料に目を通した際、どうしても無視できない記事を見つけました。
それは令和4年1月1日付琉球新報 DIGITAL 版に掲載されていた “新年を迎えて 民意と自己決定権を貫こう” と題した〈社説〉で、結論を申し上げると、昭和46年11月に作成された「屋良建議書」の誤読の下に記述された極めて酷い内容だったからです。
その前に屋良建議書とは正式名は “復帰措置に関する建議書” で、日米返還交渉における琉球政府の要望を取りまとめた内容です。非常に長い文章ですが、その要旨は「はじめに」の部分を通読すればだいたい理解できます。極めて重要な部分なのでブログ主は書き写しを試みましたが、大雑把に説明すると、琉球政府は100万県民を代表し “沖縄県民” が求める復帰の在り方として
(中略)さて、沖縄県民は過去の苦難に充ちた歴史と貴重な体験から復帰にあたっては、まず何よりも県民の福祉を最優先に考える基本原則に立って、⑴ 地方自治権の確立、⑵ 反戦平和の理念をつらぬく、⑶ 基本的人権の確立、⑷ 県民本位の経済開発等を骨組とする新生沖縄の像を描いております。このようなことが結局は健全な国家をつくり出す原動力になると県民は固く信じているからであります。
と高らかに主張しています。問題は琉球新報の社説が明らかにこの部分を誤読している点にあります。
その理由は、次節の「2 基本的要求 ⑴ 返還協定」の中に、このような記載があるからです。
(中略)わたくしは、さきに、新生沖縄県の基本理念の一つは、沖縄が二度と再び軍事的手段に利用されるようなことがあってはならないこと、したがって沖縄県民の要求する復帰対策の基本もすべての戦争及びこれにつながる一切の政策に反対し、沖縄を含むアジア全域の平和を維持することにあることを挙げてきました。そして、沖縄県民の要求する最終的な復帰のあり方は、県民が日本国憲法の下において日本国民としての権利を完全に享受することのできるような「無条件かつ全面的返還」でなければならないことも繰り返えし述べてきました。
屋良建議書の最大のポイントはこの部分にあり、つまり
祖国復帰に際しては他府県民と同一の権利を享受できるよう日本政府に要請しているのです。
だから「⑴ 地方自治権の確立、⑵ 反戦平和の理念をつらぬく、⑶ 基本的人権の確立、⑷ 県民本位の経済開発等を骨組とする新生沖縄の像」もすべて日本国憲法の範囲内で行うべきであり、そうすることによって基地問題も解決できるとの前提で建議書は作成されています。
ちなみに琉球新報社説の冒頭には
2022年を迎えた。今年は沖縄の施政権返還(日本復帰)から50年の節目に当たる。半世紀前に琉球政府が日本政府と国会に求めたのは、自己決定権の確立であり、民意を尊重することであった。
県民が求めた新生沖縄県は復帰によって実現しただろうか。残念ながら「否」であろう。では先達が示した原点に立ち返り、その意思を実現しなければなるまい。
と記述されていますが、屋良建議書の少なくとも「はじめに」の部分を目を通しただけでも “自己決定権” という発想はどこにもありません。つまりこの社説は結果的に
歴史を捏造しているわけです。
だれが書いたかは存じませんが、屋良建議書なんて誰も読まないだろうと高をくくった態度でこの社説は記述されたこと間違いありません。歴史的事実を自分たちの都合のいいように解釈するのは絶対権力者の常套手段ですが、こんな社説を読まされる購読者が一番気の毒だと心底嘆きつつ今回の記事を終えます。