売春宿エレジー 食う者は食われる

緊張のせいか被告人新里幸子(四十二歳)=仮名=の顔は青ざめている。左手に花柄のハンカチを強く握りしめ、判決宣告に対する不安に耐えている様子である。新里の罪名は売春防止法違反。新里の経営する小料理店「小菊」=仮名=において、売春婦二人が多数回にわたって不特定の遊客らを相手方として売春するに際し、その情を知りながら、「小菊」の客室を売春婦らに使用せしめ、もって売春を行う場所を提供したというのが公訴事実である。

新里に対しては、既に検察官から「懲役一年、罰金十万円」が求刑されていた。

「判決を言い渡す。被告人前に!」担当のK裁判官の声が静かな廷内に響く。一瞬、新里の首すじにけいれんが走る。「主文、被告人を懲役一年及び罰金十万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する」K裁判官は一気に判決文を読み上げ、「執行猶予は罪が許されたわけではない。その期間中再犯がないよう十分注意するように」と訓戒することを忘れなかった。被告人には前科がなかったので予想どおりの判決である。新里も執行猶予がついたのでほっとしたのか、色っぽい視線を弁護人席に送ってきた。

沖縄市内の新里の店は小料理店の看板を掲げているが、実質売春宿である。ホステス兼売春婦が自宅から通って客をとる。出勤も自由だ。前借金もノルマもない。新里は、部屋を提供しているにすぎない。プレー料は、十五分で五千円、三十分で一万円であり、売春婦が六、新里が四割の合で分配される。

判決後事務所を訪ねたきた新里は、「もう売春宿をやめて、ささやかにスナックでも始めます」と、逮捕・拘留・裁判なんてのはこりごりと言わんばかりであった。言葉を続ける新里の口から意外な事実も告発された。

「先生、何で弱い女の売春宿経営者が集中的に摘発されるんでしょうね。絶対に摘発されない店がある。それらの経営者は取り締まりの警察官と癒着し、売春婦をあてがっている。だから、経営者が逮捕されることもない。うそだと思うなら調査してほしい。みんなが知っている。

新里は、摘発を受けることのない店の名前を具体的に挙げた。また売春婦のサービスを受けたとうわさされる警察官の実名も明らかにした。この場合の肉体サービスがわいろになることは判例上確立されている。刑法第一九七条の収賄罪である。その後の私の調査でも新里の告発は、ほぼまちがいなかった。「人が人を食う」売春の構造に驚くばかりである。「食う者は食われる」。(昭和59年10月26日付沖縄タイムス夕刊04面、私の法的日誌 – 弁護士・照屋寛徳)

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