カリスマの担い手としての瀬長亀次郎さんの役割

前回、瀬長亀次郎さんが大東亜戦争の際に “翼賛壮年団” に加入していた件について記述しました。この事実は瀬長さんの回想録や『沖縄人民党の歴史』あるいは瀬長フミさんの回想録『熱い太陽のもと激動の島に生きる』など関連著作には一言も記述がありません。つまり黒歴史として抹殺されているのですが、瀬長さんの生き様を振り返るとやむを得ないかなと思います。その理由は彼が “カリスマ的指導者” として人民党を率いていたからです。

その前にカリスマとは何か説明すると、それは「超人的あるいは非日常的な能力、資質」のことで、その能力の持ち主のことを “カリスマの担い手” と呼びます。カリスマの担い手はその超人的な能力を生かして集団あるいは大衆のリーダーとして君臨するケースがありますが、瀬長さんは彼の好む好まざるにかかわらず “運命” によってカリスマ的指導者としての振る舞いを余儀なくされたのです。

大雑把にまとめると、カリスマの担い手とは「○○さんの言うことは正しい」と無条件に思わせる人物のことですが、カリスマ的指導者の恐ろしいところは、各人の意識すら変えてしまう点にあります。「なにが正義か、なにが悪か」をリーダーが決定し、部下はそれに全面的に従う集団が誕生、団体の目的に向かって驀進することになりますが、昭和33年(1958)以降の瀬長さんと人民党の関係がまさにその関係です。

カリスマの担い手の言動における大原則は、

絶対にあやまってはいけない

ことです。どんな過ちでもそれをみとめない、負けを認めない、つねに勝利の進軍ラッパを吹き鳴らさないといけません。「過てば則ち改むるに憚ること勿れ」の例外的存在で、並みの精神力では務まりません。しかもリタイヤすることが許されないのです。瀬長さんは政界から引退こそしましたが、死ぬまで己の黒歴史について語ることはありませんでした。彼は歴史における自分の役割を知っていたのです。

余談ですが、明治12年(1879)の廃藩置県後の琉球・沖縄の歴史において、カリスマの担い手として集団を導いた人物は、ブログ主が知っているかぎり3名います。それは謝花昇(1865~1908)、瀬長亀次郎(1907~2001)、そしてヤクザの又吉世喜(1933~1975)です。謝花昇の場合は “堕ちたカリスマ” がどんなに悲惨なことになるかの好例で、瀬長さんとそのシンパはそのことが分かっていたのでしょうね、現在でも彼のカリスマ性は健在です。これは素直に凄いといわざるを得ません(続く)。

【参考】 小室直樹博士の著作『ソビエト帝国の崩壊』から、ヒトラー・フロイトの定理についての有名な一節を抜粋します(100~101㌻)。この文章を熟読すれば昭和33年以降の瀬長さんの立場が理解できます。

急性アノミーは、アメリカの政治学者ディグレイジアによって体系化されたが、このことの重大さは、すでにそれ以前、ヒトラーとフロイトによって発見されていた。

ヒトラーは、『わが闘争』の中で論じている。なぜ、ローマ・カトリックは、千年以上にもわたって、世界最大の宗教でありつづけることができたのだろう。その理由は、ローマ法王の絶対不可謬所性にある。どんなあやまちをおかしても、絶対にこれをあやまちとみとめないのだ。そのかわり、だまってこれをひっこめてしまう。

カトリック教会は、高度に組織化され、持続性のある、人為的な集団である。このような集団においては、どうしても、集団が解体しないように、またその構造に変化をきたさないようにするために、なんらかの外面的な強制が必要である。この強制をつづけるためには、指導者である特定の人格への帰依が必要である。そこには、みんなを平等に愛すると信ぜられる、理想化された指導者が存在しなければならない。この人あって、はじめてその団体は、十分に強力な団結を保ち、各成員が共通の目標に対して、没我的に驀進することができるようになるのである。

では、この結合が破壊されると、どうなるであろうか。このとき起こることは、集団におけるパニック現象である。秩序は守られなくなり、上官の命令はきかれなくなる。そして各人はせまい自己のみを考えるようになり、相互の信頼と結合はやぶれて、不気味に不安がしみこんでくる。

もっともよい例は、隊長が狼狽した軍隊にあらわれるパニックである。古くからよく知られている。第一次世界大戦において、カイゼルがオランダへ逃げたとの報が入るや、ドイツ陸軍はなお戦闘力を保持していたにもかかわらず、崩壊してしまった。この心理は、信頼しきった者に裏切られたときの集団心理の一例である。

ローマ法王は、どんなときになっても、一度も逃げたり狼狽したりしなかった。それゆえ、カトリック信者との結合は失われることなく、カトリック教会は高度に組織化された集団として持続できたのである。

これがヒトラーの説であるが、フロイトはこの現象に心理学的説明を与えた。彼が挙げている例もまた、戦場で隊長が腰をぬかしたとき、そのことが部下に巻き起こすパニックの分析である。戦争体験のある人ならばだれでも知っているように、敵の大軍にかこまれたとき、隊長がうろたえたらもう駄目である。生き残るチャンスも利用できない。部下は、どうしてよいかわからなくなってしまうのである。これに反し、隊長が余裕しゃくしゃくとしていれば、部下はどんな危機に際しても、実によく眠る。これである。急性アノミーはまた、ヒトラー=フロイトの定理ともいう。