先月22日から約1カ月にわたり絶賛開催された第106回全国高等学校野球選手権沖縄大会(以下夏の沖縄大会)に熱狂したブログ主、決勝戦も終わり落ち着きも取り戻しつつ、本日何気なく沖縄タイムスを閲覧していた際に、気になる記事が目に飛び込んできました。
この案件は以前から承知していましたが、ここまで率直に報じるのは異例かと思いつつ、驚きを覚えながら全文を書き写しました。読者のみなさん、是非ご参照ください。
辺野古基金 寄付額減る / 23年度1186万円 創設時の2%
名護市辺野古の新基地建設に反対する運動を支援する「辺野古基金」の寄付額が年々減少している。2023年度の寄付額は前年度比約88万円減の1186万円で、基金を創設した2015年度の5億5790円の2%程度まで減少。残高も1445万と、15年度の5%程度まで落ち込んでいる。事務局は物価高騰やコロナ禍が要因と見ているが、新基地建設を巡る一連の訴訟で敗訴が続き、代執行手続きで工事が着々と進む中、関心の低下を指摘する見方もある。(政経部・國吉匠、又吉俊充)
残高も1445万円に落ち込む
同基金は寄付金を収入源に、辺野古新基地建設の阻止やオスプレイの配備撤回などを要求した建白書の実現を目的として15年度に設立された。報道写真家の石川文洋氏や菅原文子氏などが共同代表に名を連ね、7月15日までに県内外から延べ12万3824件、総額7億9235万3130円の寄付が集まっている。
基金は新基地建設に反対する運動を支援するため、抗議活動が行なわれている名護市の米軍キャンプ・シュワブゲート前や、安和桟橋までのバスの運行費用などに充てられている。同問題は地方自治の観点から県内だけの問題ではないとして、県外メディアへの広告掲載などにも使われている。しかし、残高は基金を設立した15年度以降、減少の一途をたどる。寄付金の額も翁長雄志前知事が死去した18年度は増加に転じたが、19年度以降は減少が続き、寄付件数も減少傾向にあるという。
新基地建設反対運動に関わる関係者は、反対運動をしても基地建設が進み続けることや、基金設立から約10年たつことから「記憶が薄れてきている」と警戒感を強めている。
基金の減少で今後の支援への影響が懸念される中、事務局担当者は「県外の方々にも辺野古の実情を知ってもらおうと県庁前からバスを運行している。どういう形で継続できるか模索したい」と語った。
その上で「政府は昨年12月に埋め立て設計の変更承認を代執行し、大浦湾側の工事に着手したが、建設反対を訴えて諦めずにたたかっている人を今後も支援していく」と話した。(令和06年07月26日付沖縄タイムス02面)
たしかに辺野古基金の “惨状” は以前から噂にはなっていましたが、沖縄タイムスが大々的に報じたのはもしかしたら今回が初めてかもしれません。つまりオール沖縄会議の面々が知られたくないことを公にしたわけですが、毎日毎日「米兵ガー」を記事にしている既存メディアがなぜこのタイミングでニュースにしたのか、ちょっと腑に落ちない感があります。
というのも、この報道によって寄付金が増加する可能性は極めて低く、しかも安和桟橋の事故の記憶冷めやらぬうちの報道ですから、何かあるのかなとついうっかり勘繰ってしまいます。
考えられることとしては、沖縄2紙にとって「辺野古新基地反対運動」は巨大な「ヤマト」に対する「ウチナー」の抵抗という “市民活動” として取上げる以外に価値がない、つまり「もはや工事は止めることはできない。ならば新基地反対運動を市民活動の一環として取上げて購読者を喜ばせよう」との編集局が判断している件です。
そして活動家たちもそれに乗りかかるしか方法ありません。抵抗の姿勢をアピールすることで自尊心を満足させる、ただそのためだけに新基地反対運動を継続するしかない状況なのです。そうしないと “敗北” を認めることになってしまうからです。
普天間基地の辺野古移設反対運動は、当初は移設阻止との明確な目標のもと、オール沖縄会議という団体が組織され、我が沖縄で一大ムーブメントとなりました。それがここまで “堕落” するとはだれが予想できたでしょうか。ハッキリいって誰の目にも堕落しているのは明かなので、既存マスコミも運動から徐々に距離を取り始め、カネも人もよりつかなくなるのです。
そして一番の不幸は
新基地反対運動を終わらせる人物がいない
ことに尽きます。ここにきて翁長雄志氏の後継者に玉城デニー氏を選んだことが裏目に出てしまったなと痛感したブログ主であります。(終わり)