すでにご存じの読者もいらっしゃるかと思われますが、沖縄アリーナにて絶賛開催中のFIBAバスケットボール・ワールドカップにおいて、日本代表はグループステージ1次ラウンド(27日)でフィンランド代表相手に大金星をあげました。
この勝利はもちろん歴史的な出来事ですが、グループステージ1次ラウンドのドイツ戦における “空席問題” で大会運営にケチが付いた矢先、チケットが追加販売されたのを契機にキングスブースターが大挙沖縄アリーナに訪れ、会場を大いに盛り上げ、そして日本代表の勝利に貢献するという “ドラマ” がありました。
いわばブースターたちの力によって “奇跡” が起きちゃったのです。
誤解を恐れずにハッキリ言うと、今回の出来事は沖縄にプロスポーツ文化が根付いた何よりの証です。琉球ゴールデンキングスの設立(平成18年)から、球団、スポンサー、そして行政の地道な努力の結集がBリーグ22-23シーズンの日本一であり、そしてワールドカップにおける日本代表の歴史的な勝利に結びついたのは疑いの余地ありません。
しかも、今回の勝利によって、沖縄アリーナは琉球ゴールデンキングスの本拠地だけでなく、日本バスケット界の “聖地” として日本中に認知されるようになったので、沖縄市は “バスケットの街” としてPRする政策を大々的に進めるのは間違いありません。もともと沖縄市はスポーツ振興には熱心な自治体なので、キングスの快進撃と今回の勝利はうってつけの出来事です。
そうなると割を食ってしまうのが、”ロックの街コザ” のイメージアップに40年近く協力してきたオキナワンロックの面々です。今後、行政から切り捨てられるのは予想できますが、これはしょうがないのです。ハッキリ言って。
ピースフルラブロックフェスティバルでは起きなかった “奇跡” がFIBAワールドカップでは起こってしまった現実
には何人も逆らえないのです。
※参考までに行政とタイアップした第三回ピースフルラブロックフェスティバルでは奇跡ではなく食中毒事件が起こってます。
補足すると、沖縄市としてもロックよりもバスケットのほうがPRしやすいのです。琉球ゴールデンキングスは県内のミニバスケチームに絶大な人気を誇り、ミニバスケの児童たちが親子連れで観戦に訪れるという “最大の強み” があります。そのため行政としても “健全コンテンツ” として推しやすい環境があります。なお、欠点は試合観戦の親子連れが、沖縄市ではなく、北谷に遊びにいってしまうことぐらいでしょうか。
それに対してオキナワンロックはもともと ”不健全極まりない娯楽” だったのは言うまでもありません。行政と組むようになった80年代から愛や平和を語るだの、沖縄のカルチャーなど健全なコンテンツをアピールしていますが、いまさらながらメンバーの “本性” は隠しようがないのです。しかもメンバーの高齢化によって演奏のレベルが年々下がっている現実もあり、今月発表された「紫」のニューアルバムがオキナワンロックの大々的な最期の活動になるとブログ主は予測しています。
すこし話がそれましたが、次回は全盛期における彼らの本性について、公開史料をもとに言及します(続く)。