ひさびさに公の場に姿を見せたお話

本日(6月22日)19時から嘉手納町商工業研修等施設において“沖縄県横断キャラバン世直し庶民の会”が開催されるとの情報を得ていたブログ主、せっかくの機会なのでひさびさに公の場に姿を見せることにしました。我那覇真子さん等の活動については事前にある程度情報を得ていたので、どのようなお話をされるかおよその予測はついていましたが、実際に同月17日に浦添市における彼女たちのポスティング活動の様子を(影ながら)観察をして、そのときの雰囲気がよかったのを目の当たりにしたのが決め手になりました。早速ですが会合参加のレポートを掲載します。読者のみなさん是非ご参照ください。(今回の記事は主催者の許可を得て記事を掲載します)

・嘉手納ロータリー近くの嘉手納町商工業研修施設前です。実はブログ主は自動車運転が嫌いで、その影響か始めて訪れる場所は確実に道を間違えます。そのため会合開始時間に遅れることがよくありますが、今回はなんと奇跡的に18時30分の受付開始時刻に到着できました。これが一番のサプライズです(笑)。

・会合は3階で行われました。撮影禁止の張り紙がありましたので、写真はここまでです。

・資料代300円を支払って、『沖縄から日本の未来が見える』などの資料を先に目を通しました。事前に『日本を守る沖縄の戦い:日本のジャンヌダルクかく語りき』を読んでいたので、今回提供の資料もスムーズに読みこなすことができました。

会合は19時開始、我那覇真子さんのスピーチから始まり、途中映像資料の提供やトーク形式で進んで21時30分ごろ終了しました。

内容は現在沖縄が抱える危機や中国共産党の脅威についての説明でブログ主が事前に想定していた通りの内容でした。参加者は10名前後で平日19時開始の影響か中高年の参加者が多いように見受けられました。

印象的だったのは、3月に一度我那覇さん本人をお見かけしたのですがその時と同じく「姿勢がいいこと」、それと「声に張りがあること」です。父君の隆裕氏も張りのあるいい声でお話をされていましたので、このあたりは親譲りかなと感じた次第です。

会合の内容については、ブログ主の責任で要約すると「沖縄県民は東アジアで冷戦が継続中であることに気が付いてほしい」になります。たしかにおっしゃるとおり我が沖縄県民は東アジアで冷戦が継続していることに無頓着で、その代表格が沖縄二紙(沖縄タイムス、琉球新報)です。理由はいまだ「沖縄は第二次世界大戦で負けた」という意識が強いため、冷戦も戦争の一種であるという冷静な判断ができないのです。とくにアメリカ世を生きた人達はその傾向が極めて強いですね。

我那覇さんのスピーチで直ぐに気がついたのは、彼女には「私たちは第二次世界大戦の敗戦国民である」という意識がないことです。この点は彼女に限らず平成生まれのうちなーんちゅ標準の意識の持ち主で、それゆえアメリカ世世代の思考はおそらく理解できないだろうと直感しました。平成世代から「敗戦国民意識」が消えていることを現在の高齢者たちは絶対に認めようとしません。このあたりにどうしようもない世代間の断絶を感じます。

彼女等の活動について”ネトウヨ”や”差別”などのレッテルを貼る人達もいるようですが、そういう人達は不勉強のそしりを免れることはできません。実際に本日の会合では「皇室」について一言もふれていません。過剰なまでの安倍晋三内閣賛美の言動もありませんし、彼女等の活動が気に食わない=右翼と自己判定するお馬鹿はほっとけばいいのです。こういう輩は勝手に自爆するのがオチです。

最後に個人的な意見になりますが、彼女等の啓蒙活動の最大の障害は「日本人は第二次世界大戦の敗戦国民でなければならない」と勘違いしている人達です。この連中がやたらと”アジアの連帯”をとなえて社会における一大阻害要因になっていることは否定できません。だから活動におけるテーマは

「我々はもはや敗戦意識を持たない。なぜなら戦後の経済発展とヨーロッパでの冷戦に勝利したからだ。我が沖縄は米軍基地を設置することで冷戦勝利に貢献した。だがしかし東アジアでは冷戦は終結していない。冷戦に勝利して後、我が沖縄は日本国民として世界に胸を張って生きていくことができるのだ」

を根気強くアピールするのがベターだと実感します。実際に当ブログでも8割近くの訪問者が20~45代ですし、若者世代の意識は明らかに変わっています。平成および新元号時代の啓蒙活動家としての彼女等の活動が実を結ぶことを願いつつ、今回の記事を終えます。