おクスリとオキナワ

早いもので、当ブログが運営開始してから、今年(令和05年)で7年目となります。「よくここまでネタがあるもんだ」と軽い驚きを覚えつつ、今年度も調子に乗って記事を配信しますので、ご愛読の程よろしくお願いいたします。

なお、第1回目の記事は、毎年恒例の “沖縄ヤクザ関連” になりますが、今年はちょっと重い内容ですので、読者のみなさん、気合を入れてご参照ください。

一昨年(令和03年)12月26日に、「伝説のはじまり」と題して、喜納昌吉さんの記事をアップしました。令和の今日でも喜納さんが小ネタにしている “麻薬取り引き” の案件ですが、残念ながら当時発見した記事から喜納さんが誰からヘロインを入手したのかまでは確認できませんでした。

その前に、復帰前後の沖縄社会における “おクスリ事情” を説明すると、最初に問題になったのが昭和42年(1967)ごろから未成年たちにまん延し始めた「シンナー」であり、翌43年から “ベトナム産の珍しいタバコ(マリファナ)” が県内に出回り、そしてヘロインやLSDと続きます。ただし米軍人たちが東南アジアから持ち込む “おクスリ” はあくまでも自分たちで消費するのが目的なので、オキナワに広めようという意図は毛頭ありませんでした。

だがしかし、”おクスリ” は米軍人や軍属の「友人」や「愛人」を通じて沖縄社会に徐々に広まってしまい、そして復帰直後は「日本一の麻薬汚染県」という有り難くないレッテルが張られるほど、コザを中心に麻薬汚染が深刻化してしまいます。

そうなると、(極少数はではありますが)”おクスリ” を本土に持ち込んで一儲けをたくらむ輩も出てきます。これこそ琉球政府、CID、そして日本政府が最も懸念した案件であって、実際にその1例を紹介します。

麻薬密売の暴力団に5年 – 那覇地裁

大量の麻薬を密売したり、民間機を利用して大阪へヘロインを持ち出し荒かせぎしていた暴力団員に対し那覇地裁は24日午後、懲役5年の実刑を言い渡した。〔住所不定〕久米島具志川村鳥島、無職、組織暴力団、沖縄連合旭琉会組員、上江洲丈二(25)の麻薬取締法違反にかかる判決公判が24日午後3時から那覇地裁第五法廷で開かれ、同地裁刑事第二部の砂川淳裁判官は上江洲に対し、5年の実刑を言い渡した。

判決によると上江洲は昨年1月10日、コザ市上地のクラブ「姫」前の路上で

喜納昌吉(逮捕済み)に対し、ヘロイン(ジアセチルモルヒネ)約453.6㌘(約1㍀)を5,500㌦で密売した。

また上江洲は同年2月初め、本土へ麻薬を密輸することを企て、那覇空港から白色粉末のヘロイン161.25㌘を隠して持ち出し、大阪府内で売りさばいていた。(昭和48年1月25日付琉球新報夕刊3面)

補足すると、当時の旭琉会は組織として “おクスリ” とは無関係であり、その理由の一つに米人バイヤーとの信頼関係が構築できなかった点があります。あと本土に “おクスリ” を持ち込むリスクが高い点も見逃せません。なお、上江洲さんはこの2点をクリアして大阪で密売を試みていますので、ある意味凄い奴だと感心せざるを得ません。そして、これらの記事から、当時の社会では米軍人や軍属からだけではなく、琉球住民同士でも “おクスリ” の取引があった事実が確認でき、当時の麻薬禍の深刻さを窺うことができます。

最後に、喜納さんにヘロインを売った人物がこれで特定ができました。なので、喜納さんがトークショーなどで「おクスリネタ」を持ち出した際に

誰からヘロインを仕入れたのですか?

との質問(あるいは凸)は “NG” にしておいて、今回の記事を終えます。

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