基地の街エレジー(4) 夜の女

◎…夜のとばりが下りはじめ、街にネオンが灯るころ真赤な唇と白い顔の妖女たちがどこからともなく現れる。そこはコザの特殊地帯A通り。B子はこの通りの奥に住んでいる。女教員風な感じのするズングリした女である。彼女(仮にB子としておこう)は他の女に比べて決して悪どい客引きをする女ではない。ただ男の近づくのを待っている。他の女からは離れて壁にヤモリのようにくっついて…。取締りの警官をケイカイしているのだろう。この商売も楽ではなさそうだ。

男が歩く。ソッと往きすぎて立止まる。引っかえしてくる。2~3度いったり来たりする。ニッと微笑んでやる。男は少し間をおいて立つ。煙草に火をつける2~3分静かに時間が流れる。やっと男のしわがれた声が「おい、いくらだ」と低くひびく、「時間なら…」男はだまって歩きだす。も早ここだけで通ずる言葉で2人の取引がなされたのだ。

悲しい肉体の反抗 / “魂だけはわたしのもの

◎…屋根の谷間に暗がりにたむろしている彼女たちはみな近くに巣をはっているのだ。中には2~3名の子供を抱えたのも、生活力のない夫から強いられやっているもの様々。男にすれ違うと四方八方から「兄さん遊んでゆかない」「リキラン、君はやなカーギーだ」「私のアジを知らないくせに」「へぇ!どんな味か、渋いのか」「ものは試っていうことがあるよ」おテントウ様の下ではちょっと聞いただけでも恥ずかしいような台詞がここでは大ぴらに通っている。

 – 特に最近では「兄さん通りめんそうれー。17なやぁぬ、オカッパ小ぬぅいびいしが」と50歳前後のデブーアンマーたちが男の手をつかんで引張っている。

◎…B子はコザの近くの農漁村に生れ、中学は卒業したものの少ない土地をアメリカに接収されて耕す土地がない。土地料も僅かで父に先立たれた5名家族の生活は苦しく空ビン集めなどもしたが生活のタシになるような金は稼げなかった。働いて金をもうけようと那覇に出た。ところが現実はB子が思っていたようななまやさしいものではなかった。浮世の波は荒い……。ようやく旅館の女中奉公という働き口をみつけた。そこで1年後のある夜、経営主や前から同旅館に住込んでいた姉さん株からしつこく客を取るようにと進められた。主人からは多額の金を借りている。客を取ると借金を早く返えせる…B子は捨てぱちになり、その気になった。それからが転落のはじめだという。コザに来てから四畳半の部屋を借り、寝台一つ入れて稼ぐようになった。母のところへは毎月2,000円を送っている。母はB子がまともな仕事で得た金だとばかり信じて封を切る前に父の霊前に供えて使うと聞いている。それだけにB子はつらいという。

◎…この部屋は時間、オールナイトの客に使うほかB子自身の寝起きも一つ。人気のない場所ではじめて会った男と — B子には恐るべき危険を感ずる。この商売から一日も早く足を洗いたいと心はあせっている。

「でも実際はいくらそう思ってみてもほんとうに足を洗いきれる人はそういないのよ。借金はふえる…ますます仲間が多くなるだけさ〔。〕みんな貧乏からなのだわ、家の犠牲だと割り切って考えてしまえばそれまでだが…」B子はこの商売に入ってからもう2年になるという。寝台に敷かれた布団の片方にねるB子だけは変わらないが、片方は水のように次から次への変わった男が流れていく。その後にはただ感情の焼きただれた痕が残っているだけ…。しかし2年も変らない女の側には虚無だけが残っている。男はこの虚無の女を抱いて喜ぶのだ。B子は魂を凍らせることによって辛うじて汚辱に満ちた自己の魂を救おうと努めている。B子は非人間になることによって人間を保持し得たのかも知れない。綴るのが好きだというB子は悲しい時、淋しい時、全て心の友に綴って自から慰めている。こんな商売をするのももうしばらくだとB子は唇をかみしめた。憎しみといきどおりに炎えている彼女の目は男への挑戦か、肉体の反抗か、はたまた彼女たちを生地獄に陥れた社会へのレジスタンスなのか、(チ)(昭和32年9月16日付琉球新報夕刊03面)

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